本を読むこと

十代の頃、本を読むことはとてつもなく素晴らしい経験だった。この世界は、自分が未だ見聞きしたことのないモノゴトで溢れかえっている—そう思った。それは、あり得べき〈いつの日か〉に対する憧憬であった。ぼくは、静かに波打ち際に佇んでいて、素足を濡らしては帰っていく波の、打ち寄せるごとに変わっていくその感触に、海の広大さを思った。そしてその広大さの中に、自らの可能性を読み取ろうとしていた。

しかし、海はあまりにも広大であった。

二十代になって、ぼくは、本を読めば読むほど実人生が色褪せていくというジレンマにとらわれた。いかに自分の人生が凡庸なものであるかということを、現実と可能性との距離のなかに見出した。打ち寄せる波の冷たさは、もうぼくを身震いさせることはなかった。誰か、ふかいふかい海の底へぼくを突き落としてくれないか—しかし、だらしなくぶら下がったぼくの腕をつかんで、服を着ていることなんかお構いなしに、海の中へと走り出してくれる者などなかった。ぼくはいつまでも、ひとり波打ち際に佇んだまま広大な海を眺めていた。やがて沈みゆく夕陽が海を赤く燃やし始めたとき、ぼくはもう自分が心の奥底から泣くことのできないことを知った。